今日、学校の人工芝を歩いていたら、人工芝から自然の芽が伸びているのを発見した。
人工芝と同じ緑色であることに変わりはないが、全く質の異なる緑であるように感じる。
この芽は、二重の困難に打ち勝っていると言えるかもしれない。1つは、人工芝の下に敷かれた分厚い幕を突き破ったと言うこと。もう一つは、人工芝の上を駆け回る、子供たちに踏みつけられても負けないと言う事。
ところで、現象学的に言えば、すべての認識の裏には欲望関心が相関していると言う。今回、このような自然の芽が人工芝を突き抜けている様子を発見した裏には、どんな欲望関心があるのだろうか。
目新しい事を発見したいと言う気持ちだろうか。そして、それをこのようにブログなどでシェアしたいと言う気持ちだろうか。あるいは、もっと深いところで、いかようにも加工することのできる人工物ではなく、ゆるぎない力みたいなものを感じたかったのだろうか。
人工的な教材や、人工的なルールに囲まれた学校環境においても、子供たちの中にある自然が顔を何度も出してくると言う状況を反映していると感じたのだろうか。